2026年2月26日

「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」改正から見える、あるべき価格交渉の在り方

令和8年1月1日に「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(取適法)が施行されたことに合わせて、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(以下「労務費転嫁指針」)も同日付で改正されております。

労務費転嫁指針については聞きなれない方も多いと思いますが、原材料コストやエネルギーコスト等の価格転嫁がある程度進んでいる一方、労務費上昇分の価格転嫁がなかなか進んでいない状況を踏まえて、労務費の価格転嫁に関して発注者・受注者双方の立場から行動指針を定めたものになります。

近年、政府は特に「物価上昇(インフレ)」→「企業の業績向上」→「賃上げ・設備投資増加」→「消費・需要の活性化」→「インフレ」・・・という経済の好循環を生み出すことに注力しています。

労務費の価格転嫁を一層促進させて上記好循環を推進するため、行動指針に沿わない価格交渉については、独占禁止法(独禁法)、取適法、フリーランス法等の関係法令に基づき公正取引委員会において厳正な対処がなされることが予想されます。企業規模を問わず、企業においては労務費転嫁指針の要点をしっかり把握し対応していく必要があります。

 

労務費転嫁指針の要点は以下のとおりになります。

■【発注者側に求められる行動】

1.経営トップが関与して、労務費上昇分の価格転嫁を受け入れる取組方針を決定

経営トップが関与して取組方針を決定した上で、同方針を経営トップが形に残る方法で社内外に示すことが必要になります。一例として、「パートナーシップ構築宣言」に盛り込む形で公表したり、「価格交渉についての取組方針」を作成して自社ウェブサイトに掲載したりする方法があります。代表名義の通知文書を社内に掲示し、併せて取引先にも送付するということでもよいでしょう。

2.発注者側から定期的に協議を実施(協議の場の設定)

受注者から価格引上げを求められていなくても、業界慣行に応じて年1回、半年に1回など定期的に労務費転嫁について発注者から協議の場を設けることが求められています。価格引上げコストを負担する発注者側から打診しなければならないというのは通常の経営者感覚からするとむしろ信じ難いと感じると思いますが、労務費転嫁指針に記載されておりますのでしっかり対応していく必要があります。
労務費転嫁指針では特に、「長年価格が据え置かれてきた取引や、スポット取引と称して長年同じ価格で更新されているような取引においては協議が必要であることに留意が必要である」と指摘されていますので、従前から継続して「昨年と同じ価格で」取引がなされているケースでは注意が必要です。

ただ、「労務費上昇分を価格転嫁しなくて大丈夫か?協議しましょう」等とあけすけに伝えるのは躊躇を覚える場合も少なくないと思われます(オブラートに包まず申し向けることがもちろん理想的ではありますが)。そういった躊躇がある場合の現実的な提案方法としては、例えば、少なくとも1年に1回、メールや送付状のどこかに、「なお、最近の原料価格や労務費等のコスト上昇・物価上昇によるご負担の増大は当社としても把握しております。もし単価・発注金額等について貴社のご希望・ご意向がある場合、協議に応じたいと存じますのでお申し出ください。」といった記載をして、協議の場の設定について受注者側の意向を確認していた事実を記録として残しておくことが考えられます。

3.受注者から要請があった場合、協議のテーブルにつくこと

受注者から労務費上昇その他の理由で価格引上げや価格交渉を求められた場合、必ず協議のテーブルにつかなければなりません。

①コスト上昇分を取引価格に反映する必要性について明示的に協議せずに価格を従前どおり据え置いたり、②協議に応じたものの価格転嫁をしない(価格を据え置くこととした)理由を書面やメール等で回答せずに価格を据え置いたりした場合、取適法や独禁法等で「買いたたき」、「優越的地位の濫用」、「協議を適切に行わない代金額の決定」に該当するとして公正取引委員会(公取委)から処分を受ける可能性が高まりますので、十分にご注意ください。

また、価格転嫁を求められたことを理由にして取引停止などの不利益な取り扱いをすることもできません。

協議のテーブルについた上、価格を据え置く場合は必ず理由を記載した書面又はメールを送付することを徹底してください。

そのほかにも、労務費転嫁指針では、①発注者・受注者間の定期的なコミュニケーション交渉記録の作成及び双方での保管等が求められておりますので、交渉や協議の内容については可能な限り議事録を作成し、発注者・受注者で共有しておくことが必要になります。

最低でも、協議結果の概略を担当者間でメールに記載して送信し、「修正加筆があればご指摘ください。」として確認を促しておく程度の行動はとっておく必要があります。

4.受注者に対して説明・資料を求める場合、公表資料に基づくものとすること

受注者に対して労務費上昇の理由の説明や資料を求める場合、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率等に関する公表資料に基づくものとする必要があります。発注者が理由の説明や根拠資料の提供を求めること自体は何ら問題ないですが、過度に詳細な説明や資料を求めると、受注者が明らかにしたくない内部事情や根拠資料の提示を余儀なくされ価格転嫁要請を断念してしまう可能性があるため、理由の説明や資料提示の要請はあくまで公表資料に基づくものとする必要があります。

公表資料の一例として、労務費転嫁指針では以下の資料が記載されています。

・都道府県別の最低賃金6やその上昇率

・春季労使交渉の妥結額やその上昇率

・国土交通省が公表している公共工事設計労務単価における関連職種の単価やその上昇率

・一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃(令和6年国土交通省告示第209号)

・厚生労働省が公表している毎月勤労統計調査に掲載されている賃金指数、給与額やその上昇率

・総務省が公表している消費者物価指数

・ハローワーク(公共職業安定所)の求人票や求人情報誌に掲載されている同業他社の賃金

5.サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を行うこと

受注者からの価格引上げ要請の妥当性を判断するに当たっては、受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを意識し、その点を受注者からの要請額の妥当性判断の考慮要素とすることが求められます。

具体的には、受注者の先にいる取引先の労務費上昇分(公表資料に基づく上昇分)の転嫁が実現されるのかという視点も加味して、価格引上げ要請に対応する(引上げ要請額の妥当性を判断する)必要があります。

6.必要に応じて発注者の考え方を提案すること

発注者は一般的に、受注者に比較してより多くの取引先(受注者)を有すると考えられ、受注者から協議において様々な提案を受け、労務費を理由とした取引価格の引上げの具体的な理由や要請額の算定方法に関して多くの情報を有していると考えられます。

そのため、受注者の申入れの巧拙にかかわらず、必要に応じて受注者に対し、算定方法の例をアドバイスしたり算定式を提案したり、あるいは算定用や協議用のフォーマットを共有したりするなど、受注者に寄り添った対応が求められます。

ただし、労務費転嫁指針上、発注者が特定の算定式やフォーマットを示し、それ以外の算定式やフォーマットに基づく労務費の転嫁を受け入れないとすることは、独禁法や取適法上の「優越的地位の濫用」、「買いたたき」、「協議に応じない一方的な代金決定」として問題となるおそれがあるとされていますので、発注者は留意が必要です。

■【受注者側に求められる行動】

発注者側に求められる行動の裏返しのようなものが多いですが、以下のとおりになります。

1.相談窓口の活用

国や地方公共団体、商工会議所や商工会等の中小企業支援機関の相談窓口が多く設置されておりますので、同窓口を利用して積極的に情報を収集することが求められます。

なお、埼玉県では価格交渉支援ツールとしてかなり作り込んだツールを開発し、ウェブサイト上で無償公開していますので、発注者・受注者を問わず活用していただくと良いでしょう。

価格交渉に役立つ各種支援ツール – 埼玉県

2.根拠資料は公表資料を用いること

【発注者側に求められる行動】の4に記載したとおりです。

3.値上げ要請のタイミング

【発注者側に求められる行動】の2に記載したとおり、発注者側からの定期的な協議の場の設定が求められておりますので、最低でも1年に1回、そのような協議や交渉のタイミングを活用して躊躇せずに値上げ要請を行う必要があります。

4.受注者が自ら希望額を提示すること

【発注者側に求められる行動】の5と関連しますが、受注者は自社だけならずその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場、すなわち受注者の先の取引先の労務費上昇分をも適正に価格転嫁させるべき立場にいます。そのような立場を踏まえて、積極的に希望額を提示することが求められています。

以上の点につきましては、労務費転嫁指針の概要に詳しくまとめられておりますので、ぜひご参照ください。

また、具体的な取り組み事例については労務費転嫁指針に多くの事例が掲載されておりますので、こちらもぜひご一読ください。

最近、価格据え置きが「買いたたき」に当たるとして公取委から処分を受ける事例、無償での金型保管が「不当な経済上の利益の提供要請」に当たるとして公取委から勧告処分を受ける事例が多くみられます。

「独禁法だの取適法だのフリーランス法だの難しい法律はウチには関係ない」というスタンスでは重大なコンプライアンス違反及びレピュテーションリスクを生じるおそれがありますので、ぜひこの機会に理解を深めていただければ幸いです。

この記事を書いた人
福島県いわき市で頑張る中小企業の皆様への司法サービスの提供を中心に,企業法務に積極的に取り組んでおります。
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