今回も前回に引き続き、独占禁止法(以下「独禁法」)エンフォースメント(=独禁法の実効性確保のために用意されている各種制度・手続)の残りの部分についてご説明させていただきます。
公取委による具体的な措置についてのご説明が中心となりますので、長文ですがぜひご一読いただきますようお願い申し上げます。
独禁法エンフォースメントをまとめた一覧表も是非ご確認ください。⇒独禁法エンフォースメント一覧
第3.独禁法エンフォースメント(事後規制部分の続き)
2.事後規制②(違反行為の是正:警告・注意、排除措置命令、緊急停止命令)
⑴ 行政調査としての審査手続を経て何らかの違反行為が認められた場合、その是正のため、①警告・注意、②排除措置命令、③課徴金納付命令、④緊急停止命令、⑤競争回避措置命令、⑥官製談合防止法による改善措置要求のいずれかの措置が取られます。ここでは、違反行為を是正するための主要な措置である①、②及び④について説明します。
※③課徴金納付命令は、違反行為の是正というよりはペナルティ又は不当な利得の回収措置として行われるものですので、後の「3」で別途説明いたします。
⑵ ①警告・注意は、独禁法に根拠規定がないものの実務上行われている措置になります。なお、警告については公取委の審査規則(26条)に規定が整備されています。
・警告は行政指導として行われるもので、排除措置命令を行うには十分な証拠収集と事実認定に至らなかったものの、違反疑いがあり是正の必要がある場合に行われます。
・注意は、違反を疑うに足りる証拠が得られなかったものの、違反につながるおそれのある行為があるか又は未然防止の必要がある場合に行われます。
⑶ ②排除措置命令(独禁法7条1項等)は、違反行為を排除し競争を回復するために「必要な措置」をとることを命じる行政処分になります。
・「必要な措置」の内容は多岐にわたり、典型的な措置としては、
①当該行為の差止め、
②取引先や従業員等への周知徹底措置、
③将来同様の行為を反復してはならないとの不作為命令、
④再発防止措置、
⑤事業者が行った措置や改善状況等の公取委への報告及び承認
などがあります。
・ただし、上記内容に止まるものではなく、その他にも、事案に応じて、
⑥独禁法に関する研修の実施や法務担当者による定期的監査、
⑦違反行為に関与した責任者の配置転換、
⑧事業の一部の譲渡等、
が命じられたケースもあります。競争回復のために必要かつ合理的な措置であれば、公取委の裁量で広く措置を命じることができるため、範囲や内容も多岐にわたります。
・当然ながら罰則(独禁法90条3号、95条1項2号、2項2号。2年以下の懲役又は300万円以下の罰金。一定の場合は両罰規定により法人重科で法人に3億円以下の罰金)があり、これによって実効性が担保されております。
・排除措置命令に不服がある場合、行政処分であることから行政訴訟で争わなければならず、公取委を被告として取消訴訟(抗告訴訟)を提起することになります(独禁法77条)。
⑷ ④緊急停止命令(独禁法70条の4)は、排除措置命令を出すまでに一定の時間を要することから、その間の違反行為の進行による被害拡大を防止するために認められている暫定的措置になります。
・違反被疑行為の審査途中において、緊急の必要がある場合に、東京地裁に申し立てる方法で行われます。裁判手続は非訟事件となり非公開で実施されます(独禁法85条2号、70条の4第2項)。
・緊急停止命令は、排除措置命令を出すまでの仮の措置を命ずる裁判所の決定であるため、発令実績も少なく、また後日の取消・変更もあり得ます。
3.事後規制③(ペナルティ:課徴金納付命令、罰則)
⑴ 違反行為の是正とは別に、ペナルティ又は不当な利得の回収措置として、③課徴金納付命令と罰則が定められています。
⑵ ③課徴金納付命令(独禁法7条の2等)は、価格カルテル等を行った事業者から競争制限による経済的利得を課徴金として国庫に納付させることで、不当な利得の保持を許さず、いわゆる「やり得・やった者勝ち」を防止するための行政措置となります。
⑶ 複数回にわたる改正がなされているため課徴金の算定方法等は相当複雑になっておりますが、ごく簡単に説明すると以下のようになります。
【課徴金の算定方法】
①(違反行為期間中の対象商品等の売上額又は購入額+密接関連業務の対価額)×②課徴金算定率+③違反行為期間中の財産上の利益(談合金等)相当額
※①違反行為期間は、調査開始から最長10年前まで遡及可能。
※①密接関連業務は、不当な取引制限及び支配型私的独占の場合に加算される。談合等の見返りとして受注した下請工事や製造、販売、加工業務等(による対価)を指す。
※財産上の利益(談合金等)相当額も、不当な取引制限及び支配型私的独占の場合に加算される。談合等の見返りに得た金銭等の経済的利益を指す。
【②課徴金算定率】
・不当な取引制限の場合:10%(4%)
※()内は、違反事業者及びグループ会社が全て中小企業の場合に適用される率
・支配型私的独占の場合:10%
・排除型私的独占の場合:6%
・共同の取引拒絶、差別対価、不当廉売、再販売価格の拘束の場合:3%
・優越的地位の濫用の場合:1%
※不当な取引制限の課徴金算定率については一定の加算要素があり、
①違反行為を繰り返し、又は主導的役割を果たした場合は課徴金額が1.5倍になる、
②違反行為を繰り返し、かつ主導的役割を果たした場合は課徴金額が2倍になる。
⑷ 罰則は、これまで説明した行政調査(審査)手続ではなく、犯則事件(独禁法89~91条)という刑事罰に値する違法性の高い重大事件の調査のために認められた犯則調査手続に基づいて行われるものになります。
・刑事事件の捜査に類するため、裁判官の発する令状により、臨検、捜索又は差押えを行うことが可能です。
・犯則調査により犯則事件に該当すると心証を得た場合、公取委は、検事総長に対して告発を行うことになります。告発を受けた検察当局において起訴不起訴の判断をし、終局処分を行うことになります(公取委の告発があっても検察当局が起訴を義務付けられるわけではありません。)。
・犯則事件について有罪となった場合、独禁法89~91条の規定に従い刑罰を受けることになります。
4.事後規制④(効率的・効果的な独禁法の目的達成のための措置:確約手続、課徴金減免制度)
⑴ ソフトな手続又は事業者側の自主的な情報提供等によって、効率的かつ効果的に競争上の問題を解決する手段として、独禁法は、①確約手続と②課徴金減免制度という2つのメニューを用意しています。
⑵ ①確約手続(独禁法48条の2以下)は、独禁法違反の疑いがある行為が認められた場合に、公取委と事業者間の合意によって自主的に違反状態を解決する制度になります。
・対象は比較的軽い違反類型になり、①ハードコアカルテル(入札談合・価格カルテル、数量カルテル等)、②10年以内の再犯行為、③国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な違反被疑行為という重大違反類型は、確約手続の対象外とされています。
・確約手続の大まかな流れは以下のとおりとなります。
①公取委から事業者に対し、確約手続の通知を行う
②通知を受けた事業者において、60日以内に確約計画(疑われている行為を排除するために必要な排除措置計画等)を作成し認定申請をする
③公取委による計画の認定
④事業者による計画の履行(履行できた場合、排除措置命令や課徴金納付命令を行わない)
・③公取委による計画の認定基準は、ⅰ措置内容が被疑行為の排除確保のために十分なものであること(措置内容の十分性)、ⅱ措置が確実に実施される見通しが立っていること(措置実施の確実性)の2点になります。
・措置内容の典型例としては、①違反被疑事実の中止及び中止されていることの確認(取締役会等の意思決定機関における決議)、②取引先・利用者等への通知・周知、③被害を受けた取引先事業者の金銭的被害の回復、④コンプライアンス体制の整備(定期的監査、社内研修の実施等)、⑤公取委への履行状況の報告等が挙げられます。
・公取委からの通知の前後を通じて公取委に相談することも可能であるため、確約計画の作成や措置内容について相談することはもちろん、確約手続の対象となるかの確認や確約手続に付すことを希望するといった相談をすることも可能です。
⑶ ②課徴金減免制度(独禁法7条の4)は、事業者が自ら関与したカルテル・入札談合について、違反内容を自主的に公取委に報告した場合に課徴金が減免される制度になります。違反行為の発見率向上、審査の効率化・迅速化、報告システムがあることによる違反行為の相互抑止等が期待できるとして設けられています。
・減免内容は、①時期(調査開始前か後か)、②自主報告の順位(何番目に自主報告したか)、③寄与度(協力が真相解明にどの程度寄与したか)によって変わってきます。例えば、「調査開始前」に「1位で報告」した場合は全額免除となります。詳細はこちらをご覧ください。
・「調査開始前の2位以下」及び「調査開始後」については、減算率が最大でも20%と非常に低く設定されておりますが、法改正によって調査協力減算制度が導入され、③寄与度に応じて公取委の裁量により最大40%の減算率加算が可能となりました。
5.事後規制⑤(私的エンフォースメント:無過失損害賠償責任、差止請求)
⑴ 独禁法は、公取委等の公的機関だけでなく、独禁法違反行為の被害者等の「私人」による民事的救済制度も整備しており、これが私人によるエンフォースメント(私的エンフォースメント)として機能します。具体的には、①無過失損害賠償責任、②差止請求の2つになります。
⑵ ①無過失損害賠償責任(独禁法25条)は、違反事業者の故意過失の主張立証を不要として損害賠償責任を問うことのできる特別な賠償責任になります。
・排除措置命令又は課徴金納付命令が確定していることが要件となり(独禁法26条)、管轄も東京地裁の専属管轄となりますが(独禁法85条の2)、故意過失の主張立証不要という恩恵は大きく、かつ、損害額について裁判所が公取委に意見を求めることができ損害額立証も容易化されていることから(独禁法84条1項)、民法の不法行為責任を追及する前にまず検討すべき条文となります。
⑶ ②差止請求(独禁法24条)は、違反行為によって著しい損害を受け、又は受けるおそれがある者であれば誰でも、裁判所に対して当該違反行為の差止めを求めることができる訴訟制度になります。
・対象は不公正な取引方法に限定されておりますので注意が必要です。
・他の差止訴訟同様、口頭弁論終結時(全ての主張・証拠提出及び証人尋問等の証拠調べが終了し、これ以上弁論を行わないとされた時点)に独禁法違反の状態にあることが必要となるため、被告事業者側においてその前に行為を取り止めたり是正したりしてしまえば、請求は棄却となります。この点も注意が必要です。
今回は以上となります。
次回は、「下請法、建設業法」について解説いたします。
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